CoincheckのNEM盗難事件が強制利確と呼ばれる理由を考察してみた

(4/16更新:coincheck国税庁から課税関係についての発表があり、更新)

 こんばんは。

 coincheckから不正送金されたNEMについての発表がつい先日ありました。

CoincheckNEM盗難被害への対応

corporate.coincheck.com

 まあ、賛否両論ありますが、僕はまだ補償しますという発表がすぐされただけでもマシなのかなという印象を持っています。NEMを盗まれた人だけではなく、それ以外のcoincheck利用者も資金ロックを食らってる理由はいまいちわかりませんが、後者の方々は早めに救われてほしいですね。

 僕は幸い1円も置いていなかったので何も被害を受けませんでしたが、明日は我が身ということで資金管理の方法を見直そうと思います(お祭り相場になる前に)。

 

NEM盗難被害・補償金と税金

 さて、盗難されたNEMが日本円で補償されるということですが、これは実質的な強制利確になるということでツイッター上では「損害賠償金は非課税だろ」「なんで課税されるんだ」「NEMで返せ」という意見がちらほら見られるようになりました。

 僕はNEMが20円くらいの頃に仮想通貨投資を始めましたが、それ以前から持っていてcoincheckでHODLしている人達にとっては予想外の利確に怒りを隠せないでしょう。特に「NEMで返せ」というのは切実な願いだと思いますが、NEMで返ってきたところで利確には変わりないのでは?というのが僕の意見です。

 今回は何故「NEMが盗難されたことで受ける補償になぜ税金がかかるのか」という問いに対して、法律を読み解いた上で仮説を立ててみたいと思います。

 ※4/16 coincheck国税庁から正式発表がありました。

     概ね僕が書いている内容と同じですね。

corporate.coincheck.com

No.1524 ビットコインを使用することにより利益が生じた場合の課税関係|国税庁

所得税の性質

 仮想通貨取引で得た利益や損失は所得税法に則って処理することになります。

 そもそも、所得とは何でしょうか。

 簡単に説明すると、収入金額から必要経費を引いて残った利益が所得です。

 収入金額 - 必要経費 = 所得

 例えば、1万円でNEMを買って2万円でNEMを売ったら1万円が所得になります。ここまではわかりますね。

 日本の所得税法は「全ての所得について課税」という思想を持っています。ここで重要なのは「全ての所得」について課税ということです。全てです。これを包括的所得概念と呼んでいます。

 

NEMは売買されたのか?

 まず、税金の処理について考えるまでにNEMが売買されたのかどうかについて考えてみましょう。

 「NEMを売ったわけではないのに課税されるのはおかしい」、最もです。NEMは売買されたわけではありません。盗まれたのです。

 いちいち売買の定義について議論する必要もないと思うのですが、一応売買(契約)の定義は民法第555条に規定されていることを説明しておきます。

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  簡単にいうと、売買契約とは売り手と買い手の「売りますよ」「買いますよ」という意思が合致して初めて成立するということです。

 Coincheckの顧客はNEMを「売ります」とは言ってませんし、Coincheckも「買います」とは言ってません。「盗まれた分については補償します」と言っただけです。また、不正送金を行ったハッカー(?)が「買います」というわけもありません。

 繰り返しになりますが、NEMは売買されていません。盗まれただけです。

 「売ってないなら課税されるのはおかしいじゃないか」、心情としては最もなのですが、所得税法には課税するためのロジックが整っています。

 

非課税所得に該当するかどうか(所得税法第9条)

 包括的所得概念の下では全ての所得が課税されるということですが、もちろん例外もあります。

 所得税法第9条では、非課税となる所得(非課税所得)を限って列挙しています。

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  まず、ツイッターで話題に上がっていたのは、第9条第十七号です。

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 ちょっと小さいかもしれませんが、簡単にいうと「保険会社と締結した保険契約に基づく保険金や損害賠償金は非課税」ということですね。今回はCoincheckが自己資金で補償しますと言ってしまっているので非課税というのはだいぶ苦しいのではないでしょうか?

 税法はその階層が、"所得税法所得税法施行令所得税法施行規則"というように細かくなっていきます。

 ツイッターでは施行令第30条に触れている意見もありましたが、施行令の前に所得税法を読むだけでも「非課税ではないのでは?」という印象です。

 ここでは今回のNEMの補償金は非課税ではない、という仮説を一つ立てて次に進みたいと思います。

資産損失について(所得税法第51条)

 今回のNEM盗難被害とCoincheckの対応は順番でいうと以下のとおりです。

Coincheck顧客のNEMが不正送金された

Coincheckが自己資金でNEMを盗まれた人へ補償すると発表

 このパラグラフでは"①Coincheckの顧客のNEMが不正送金された"ことについて考えます。

 

 少し前に「収入金額から必要経費を引いて残った利益が所得である」ということを説明しました。

 必要経費というと、例えば、家賃を払った、電気代を払ったなどの"支出"としての経費をイメージする人が多いと思いますが、所得税法上の必要経費はそういった"支出"としての経費だけではなく、物が壊れた、盗まれたなどの"損失"の額を含むこととされています。

 これについて規定している内の一つが所得税法第51条<資産損失>なのです。

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 この一番最初に書いてある第1項は、「不動産所得」「事業所得」又は「山林所得」に関する条文なので、"雑所得"である仮想通貨取引には関係がありません。

 しかし、第4項はどうでしょうか。

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  税法はカッコ書きが多くて読みにくいので()を外してみましょう。

4 居住者の不動産所得若しくは雑所得を生ずべき業務の用に供され又はこれらの所得の起因となる資産の損失の金額は、それぞれ、その者のその損失の生じた日の属する年分の不動産所得の金額又は雑所得の金額を限度として、当該年分の不動産所得の金額又は雑所得の金額の計算上、必要経費に算入する。

 どうでしょうか? ()を外すと多少読みやすくなったと思いますが、若干正確性は失われます。しかし、ここでは大筋だけがわかればいいので()を外して読むことにします。

 それでもまだ難しいですが、簡単にいうと、「不動産所得か雑所得の基になる資産に損失を受けた場合は、必要経費になりますよ」ということだと思います。

 つまり、「Coincheckに預けていたNEMが"盗まれた"ことによる損失は、雑所得の"必要経費"になる」ということになるのではないでしょうか?例えば、100万円分のNEMが盗まれている場合は、100万円という金額が必要経費になる。そういう考え方でよいのではないかと思います。

 

収入に代わる性質をもつ金額(所得税法施行令第94条)

 "必要経費"がわかったので、次に"収入金額"の話をします。

 確定していない利益(いわゆる含み益)には課税されないというのは、大体の人が知っていることだと思いますが、なぜ盗まれたNEMは"強制利確"になってしまうのでしょうか。

 僕は先ほど「NEMは売買されたわけではなく、盗まれただけ」という説明をしました。

 ここでポイントなのは、CoincheckNEMを盗まれた人に対して「補償をします」と発表したことです。もうパラグラフの題名を見てピンと来た方もいるかもしれません。

 実はこの「補償をします」という発表によってCoincheckから支給されるであろう補償金は"収入に代わる性質をもつ金額"なので、収入金額になってしまう可能性があるのです。

 その根拠がこちらです。所得税法施行令第94条<事業所得の収入金額とされる保険金等>です。

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  これについてもツイッターで発言していた人がいましたが、かなり鋭い指摘です笑

 先ほど損害賠償金については非課税になるという話をしましたが、あれは"保険会社"が契約に基づいて支払う保険金や損害賠償金のことでした。

 条文を取り出してみてみます。

 第九十四条 不動産所得、事業所得、山林所得又は雑所得を生ずべき業務を行う居住者が受ける次に掲げるもので、その業務の遂行により生ずべきこれらの所得に係る収入金額に代わる性質を有するものは、これらの所得に係る収入金額とする。

 一 当該業務に係るたな卸資産、山林...(中略)又は著作権につき損失を受けたことにより取得する保険金、損害賠償金、見舞金その他これらに類するもの

 仮想通貨取引による所得は"雑所得"です。 

 仮想通貨を売った時の金額は"収入金額"です。

 仮想通貨とはたな卸資産に該当する可能性があります(ここが重要なのですが非常に微妙なところです)。

 ※たな卸資産とは、一個二個と数えられる資産のことだと思います。

 Coincheckの補償金とは、一種の損害賠償金であり、見舞金のようなものであると考えられます。Coincheckは1NEMにつき88.549円のレートで、日本円で補償するとのことでした。

 つまり、Coincheckから支払われる補償金は、条文を当てはめてみると"収入金額に代わる性質を有するもの"に該当する可能性があるのです。

まとめ

 ここまで長々と説明をしてきましたので、最後に簡単にまとめて見たいと思います。

 ①NEMは売買されたわけではない

 ②補償金は非課税ではなさそう(所得税法第9条)

 ③盗難された分のNEMの価値に相当する金額は"必要経費"になる可能性がある(所得税法第51条第4項)

 ④Coincheckによる補償金は"収入に代わる性質をもつ金額"として"収入金額"になる可能性がある(所得税法施行令第94条第1号)

 

 ③元手5万円で買ったNEMが盗まれて、④Coincheckから100万円の補償金を受け取ったならば、100万円 ー 5万円 = 95万円が利益(所得)として課税の対象になってしまう恐れがあります。

 強制利確という言葉はなんとなく使われているような気がしますが、所得税法上ではこのようなロジックを用いて強制利確が課税の対象となる説明をすることができるのです。

 

終わりに

 今回はCoincheckNEM盗難被害が強制利確と呼ばれる理由を、所得税法の条文に当てはめながら考察してみました。

 この説明が納得できない方は、是非こちらをご覧ください。似たような事例だと僕は思いました。

No.1700 加害者から治療費、慰謝料及び損害賠償金を受け取ったとき|所得税|国税庁

 最後に、あくまでもこの考察は考察の域を出ないものであり、この記事の説明を鵜呑みにして処理することのないようお願いいたします!